映画『アブノーマル・ウォッチャー』の感想・ネタバレ:ドロドロ不倫には腐ったマヨネーズを添えて
ヴィクター・ザーコフ監督の映画『アブノーマル・ウォッチャー』を観たので、作品情報につづいて感想を書き残しておきます(すぐ下はネタバレなしの感想)
本作は2024年8月現在、U-NEXTの見放題タイトルとなっていました。
ラスト・結末までの簡易的なネタバレは「あらすじ」の項に隠し表示してあるので、鑑賞後のおさらいや予習用に読みたい方はそちらを参照のこと。
映画『アブノーマル・ウォッチャー』の作品情報
監督・脚本
- ヴィクター・ザーコフ
※続編)映画『ゲストハウス 14Camera』(2018):脚本
役名/キャスト
- ライアン/PJ・マッケイブ
- クレア/ブリアンヌ・モンクリーフ
- ジェラルド/ネビル・アーチャムボルト
映画『ブロックアイランド海峡』(2022):トム役 - ハンナ/サラ・ボールドウィン
- ポール/ジム・カミングス
映画『サンダーロード』(2018):ジム役および監督・脚本
予告編(字幕版)
あらすじ
郊外の庭付き一軒家に引越し、新たな生活をスタートさせた新婚夫婦のライアンとクレア。しかし、新居には、見るからに怪しい大家の手によって、いくつもの監視カメラが仕掛けられていた。玄関、リビング、キッチン、さらには浴室やプール、便器の中にまで――、新婚夫婦のプライバシーは文字通り丸裸になってしまう。そんなことに全く気づかず暮らす2人だったが、クレアが妊娠してからというもの、ライアンは妻にストレスを感じ、若くて美人の部下ハンナと不倫するようになっていた。新婚生活にも暗雲が立ち込めるなか、大家の行動もエスカレートしていき…。
- 映画『アブノーマル・ウォッチャー』ラスト・結末のネタバレ(※押すと開きます)
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「クレアとは別れるよ」
ハンナはライアンのその言葉を信じていた。しかし、彼女はなかなか行動に移さない彼に業を煮やし、ついには時間帯関係なくライアンやクレアの携帯に鬼電をかけるように。
電話に出たライアンの静止も聞かず、彼の邸宅へと向かうハンナ。彼女が家を訪れたとき、ライアンは鉢合わせをさけるためにクレアと外食に出ており、居たのはモニターで事のなりゆきを監視し、侵入していた大家ジェラルドただ一人だった。彼はハンナに暴行を加えると、なんとライアンらの邸宅の地下に彼女を監禁する。
その後、帰宅し、数日間は平穏な暮らしを送っていたライアン。しかし、それも長くは続かず、ついにクレアはライアンとハンナの不倫の事実を知ってしまう。
「出ていって!」
ライアンの荷物を玄関先に捨て、邸宅には一人で住もうとするクレアだったが、あるとき彼女は家に小型のカメラが仕込まれていることに気づき、その日一晩は、防犯のためにライアンの泊まりを認めることに。
その瞬間も大家ジェラルドは監視モニターによる窃視をおこなっていたが、ふと地下を映すモニターに目をやると、そこには脱走を試みるハンナの姿が映っていた。
彼は逃走を防ぐためにライアンの家に急行するが時すでに遅し。ハンナは地上に上がり、夫妻に大家の凶行を伝えていた。しかし、ジェラルドは対抗しようと試みるライアン、家の外に逃げ出そうとするクレアとハンナをすべて力でねじ伏せる。
数カ月後、新たな家を管理し始めたジェラルド。住人から家財の修理依頼を頼まれた彼はいつものようにそっけなく返事を返し、車に乗り込む。
助手席には生まれて間もない赤ん坊の姿があった。はたしてこの赤ん坊、母親は誰なのだろうか。
映画『アブノーマル・ウォッチャー』の感想(ネタバレ要素あり)
キモいオッサン大家の窃視に苛まれる新婚夫婦の様を描いたスリラー。
職場では若くして部下を持つ立場にいるライアンと、専業主婦で身重のクレア。新婚の二人はペットの犬とともに郊外にある借家へと生活の拠点を移す。
しかし、入居当日、鍵の受け渡しに現れた大家は、クレア曰く「腐ったマヨネーズの臭い」とも形容されるようなひどい体臭を放つ気味の悪いオッサンであった。
「ぜったいヤバいやつだって!人殺して土の中に埋めてそう……」
まるで初対面のひとに対して抱く感想ではないように思えるが、じつはこのクレアの予想は当たらずも遠からず。なんと家中に監視カメラを設置していたキモ大家は、ライアンとクレアの新婚生活を窃視し始めるのだった!
そんなこととは露知らず、クレアとの関係にマンネリを覚えていたライアンは新居で堂々の不倫を繰り広げるが、それを見たキモ大家は行為をつぎのステージへと進ませる……
「オッサンはたしかにキモいけど、同時に清涼感をも覚えてしまうフシギな作品だったなぁ」というのが鑑賞直後に抱いた感想だった。
オッサンはキモい。汗じみのついた汚い服装や、歯列はキレイ(入れ歯?)なのになぜか歯周病特有のスメルがツーンと漂ってきそうな口周り、その佇まいなど、このオッサンを構成するキモ要素には一切の余念がない。現実的な範囲でどうにかキモくしてやろうという気概を感じる。
そのためクレアによる「腐ったマヨネーズの臭い」という体臭の形容には「あぁ……まぁ、これならそんなかほりもするだろうよ」と思わされるほどの説得力がこのオッサンからは感じられたが、同時に、そんなイメージのしやすいものを例えてくるクレアのことまでちょっと嫌いになりかけた。
オッサンは目は虚ろ、口は半開きで表情も読めない。そんな彼がまるで限界デイトレーダーのごとくモニターを凝視しては興奮し、ときにシコティッシュを机に並べ置いたりするのだから、抱く感情、印象はシンプルにひとこと「キモい」にほかならない。それが作品的には褒め言葉になるんだろう。
しかし、その「キモい」が中盤から終盤にかけてひっくり返りそうになっていくのが本作のさらに面白いところだった。
このときメインのストーリーとして描かれていた不倫劇がイイ。ライアンとの関係にはすれ違いを感じながらも、生まれてくる子どもとの新しい生活を楽しみにしているクレア。
「(妊娠後期の身体でせっせとDIYに励みながら)ねぇ!ここに写真掛けを置くのはどうかしら?」
「あのさぁ……知らないよ。赤ん坊が見るわけじゃないんだから」
まぁ、それはそうなんだろうけども……もうちょっとこう、手心というか。まったくもってクレアに興味がないのがまるわかりのセリフでキツくなる。心の離れた男性の冷たさがリアル。
いっしょに楽しもうと思っていたのに、相手にはまるでその気がない。その気がないどころか、ダルそうに拒否までしてくる。自分のなかに「そこまで言う?」とガッカリを越えた怒りの感情が湧いてくる。ケチをつけられた気分になって、楽しみが半減、いや、消滅するといっても過言じゃないあのヒリついた感覚……それが疑似体験できてしまうみごとな一幕だった。
ライアンによる浮気の証拠隠滅もまた場当たり的でテキトー。世の中にはスマートに二人以上のパートナーを愛せるひとがいるのかもしれないが、ライアンはちがう。一時の快楽に溺れて、それ以外の時間は浮気がバレないように気を配り続けるだけの不毛な時間でしかない。しかも、はたから見ればその行動も不自然な奇行でしかないという……この一連の描き方が妙にリアルで生々しい。クレアの気持ちになって考えてしまうと、虚しさでいっぱいになってしまった。
そして、そろそろ画面越しのライアンを叱責しそうになってきたタイミングで、どっこらしょ、と文字通りの重い腰を上げるオッサン……!!
こちらの気持ちを代弁するかのようにドカドカと家庭を蹂躙していく姿には「待ってました!中村屋!」ならぬ「待ってました!キモ大家!」という大向こうをかけずにはいられない。
ところがだ。なにか彼の様子がおかしい。性的興奮からの行動というよりも、なんか怒りに駆られているような気がしてこなくもない。そして、ラストにはあの優しげな瞳とニッコリ笑顔。傍らには……
ここにきて、ただキモいだけでなく「幼少期に家族からないがしろにされる経験、境遇にあったのでは?」「それが原因で人格がねじれるも、このような行動に出たのでは?」彼にとってこの行動は、過去の自分に重ね見た、ある意味、救済の意味合いがあるものだったのでは?」という怒涛の考察の余地を残していくオッサン。
しかし、真相は藪の中……クライマックスにおいて猟奇的な犯罪者の過去が明かされる展開はよくあるが、ここまで寡黙に、語りを控えた展開も珍しいような。
『アブノーマル・ウォッチャー』、オッサンのキモさを明るくクリアに映し出すというファンサービス(?)だけでなく、単純だけどリアリティのある不倫劇を合間に挟むことで、終盤、彼がそれらのすべてを無に帰す行動に打って出るハカイシャに変貌する瞬間に清涼感すらをも覚える作品だった。オッサンの生い立ちや“あの子”の行く末も気になるところ。
欲を言えば、もっとハデに、もっとエキセントリックに暴れまわるオッサンが観たかったなというのと、もうちょっとばかし撮影へのこだわりを感じられたらよかった(正直、文頭に載せたガムテぐいーんくらいしか、こだわりの見せ場っていうものがなかった気がする……)のになという思いは抱かなくもないが、それはU-NEXTにて配信の始まった続編『ゲストハウス 14Camera』に託そうと思う。そちらはさっそくマイリストにぶちこんでおいた。期待を超えておくれ。
そういえば、本作の原題は『13 CAMERAS』となっているけども、あんまりカメラの台数が作品に絡んでくるってことはなかったな……単に不吉な数字だから使っただけなのかしら。続編では台数が14に増えてるから、それも意味しなくなってるけど。